アムステルフェーン市学校プロジェクトへの協力

日蘭イ対話の会は、アムステルフェーン市の学校プロジェクト「新しい出会いと追悼 」に協力しています。このプロジェクトは、毎年アムステルフェーン市にある蘭印戦争犠牲者追悼記念碑 にて慰霊祭を行っている蘭印戦争犠牲者慰霊財団の後援を受けています。財団については、こちらをご覧ください:Indië herdenking Amstelveen 

2013年から2016年に試験的に行われたこの学校プロジェクトの目的は、以下の分野において新しい、対話を中心とした教育方法を開発することでした:

  • アムステルフェーン市で生活する異なる文化、異なる宗教の人々と出会う。この町に暮らす140の異文化の人々の中で、日本人とインドネシア人は大きな割合を占める。彼らの背景について、そして第二次世界大戦時の歴史的な関係について若い世代に知ってもらうことは、市の持続可能な社会を促進するために重要なことである。
  • グローバルな視点から第二次世界大戦の犠牲者を追悼する。第二次世界大戦中の歴史的な関係から、学校プロジェクトでは戦争中は敵であったインドネシア、日本と和解するための新しいプランを作った。例えば、日本と和解するか否か、について、かつて蘭印の強制収容所に収容されていた人が重要な位置を占める、または当事者がゲスト講義を行う授業が開発された。

また日蘭イ対話の会のタンゲナ鈴木由香里が日本との関係、長崎に建立された福岡第2分所追悼記念碑の背景について、講義用バス・ワールドエクスプレスでゲスト講義を行いました。



タンゲナは2015年8月14日に行われた慰霊祭に参列し、2016年の慰霊祭では献花をしました。これは元捕虜・抑留者が当初は反対していたことでした。

学校プロジェクトは2013年から2016年までの間に以下の対話活動を行いました:

  • 「新しい出会いと追悼の日」へ向けての準備の授業。元抑留者の協力を受け、蘭印における第二次世界大戦について学ぶ授業など。これらの授業は主にエデュ・デュマシー氏(元抑留被害者の子供)とノラ・ファルク氏(元抑留被害者)によって行われた。
  • グローバルな視点で第二次世界大戦について考えるため、アムステルラント地域におけるニューカマーの歴史に関する資料の作成
  • アムステルフェーンのブルーセ公園にある慰霊碑にて「新しい出会いと追悼の日」を毎年開催、また異なる宗教を代表する人々と出会う機会を設定
  • 蘭印メモリアルセンターの講義用バス・ワールドエクスプレスが2015年と2016年にアムステルフェーンに数週間滞在。小学校高学年を対象に、アジアにおける第二次世界大戦を背景とする差別についての体験授業を実施。
  • グローバル化と関連付けるため、アムステルフェーン市のエルスライク地域において第二次世界大戦の探求ゲーム。例えば戦没者慰霊モニュメントに刻まれている名前のうち、二人は蘭領東インド出身である。
  • シリアの子供達のための活動。蘭領インドでの戦争の悲惨さ、対立するどちらの側でも何の罪もない一般市民が犠牲者となったことは、現代の紛争でも見られることである。そのため、第二次世界大戦を取り扱う中でも、今も起きている戦争について触れている。

小学校におけるゲスト授業

A.W.スクラムがブッスム市の小学4年生と5年生を対象にゲスト 授業をおこないました。カットワイク市の中等教育でも同様の授業が行われる予定です。これらの授業は、日本の捕虜収容所に収容され、日本の軍需産業で強制労働させられた元捕虜の話を中心に行われます。授業では、捕虜として日本に連行され、生き延び、戦後帰国した海軍兵の話について書かれた副読本 を教材として使います。この副読本は戦争の歴史を小中学生のレベルで伝え、和解への道のり、そして和解のメッセージを伝えるための手助けとなっています。

 

gastlessen

het verhaal van johan

この副読本による授業は、第二次世界大戦についての授業を提供する学校や機関に(完成次第)ウェブサイトを通じて提供される予定です。